春の嵐、みたいな?
 


春先の気候は気まぐれで、
急にぐんぐんと暖かくなったと思や、
あっと言う間に厳寒期並みの寒さが戻って来たりと忙しいもの。
その寒暖の差があってこそ、桜も蕾がほころぶそうだが。
とはいえ、今年のは随分と勝手が違う。
まるで冬場の荒れように張り合いたいものか、
引っ切りなしの寒冷前線の通過にともない、
気温が日替わりのノリで10度近くも乱高下するわ、
それを引き連れてくる低気圧自体がどどんと発達しちゃあ、
台風並みの暴風をお見舞いしてくれるわ。
冗談抜きに人が薙ぎ倒されて怪我をしてもいるほどで。

 「せっかく桜が早い目に開花したっていうのにね。」
 「……。(頷、頷)」

開花したら1週間ほどで満開となるのが桜という花の特質でもあり、
何をそんなに生き急ぐのかという凄烈さが
いっそ潔しとか 粋だとされてもいる訳だけれど。

  それも自然現象だとはいえ、
  無情の雨や風に無闇に散らされるのは何とも残念だから

花の時期と重なって、例年にはない荒れようになられるのは、
何とも口惜しいものだとばかり。
もうもうと今から気を揉み、案じておいでの連れであるのへこそ、

 「……。」

日頃からも口数少なく、表情も薄い君が、
されど隠し切れない苦笑を、
品のいい口許や色白な頬へ淡く滲ませておいで。

 だって、
 そんな憤慨をして見せているお人は あのネ?

普段はそれは大人びていて、
こちらの世話まで甲斐々々しく尽くしてくださる人なのに。
自身への艱難や重責などは
周囲へ匂わせもせず飲み込んでしまうような我慢強い人なのに。
それが…こんな風に
何でもないことへあっさりと、
ありありと怒ったり笑ったりもする他愛のなさが、
妙な言いようだが、こちらをホッとさせてくれるのかも知れぬ。
自分ではどうあっても敵わないほど、
ずんと大人になってしまわれたワケじゃあないのだと、感じるからか。
だとしたら…そんな気がしてホッとするなんて、
それこそ何だか子供じみてもいるかしらとも思うので。
頬に浮かんだ小さな苦笑は、
半分は自分自身へ向けてのそれでもあるのだけれど。

 「…あ、なんですよぉ。」

表情の硬い自分の、しかも小さな小さな笑いよう。
ちょっと口許を引き締めたか、微かに震わせた程度のそれだったろに。
そんな些細な表情の変化だったというに、
あっさりと見とがめてしまえるから、
そこのところも油断のならない優しいお人で。
今のは、アタシの言いようへ笑ったんでしょうと、
そこまで図星だったものだから。
慌てて“違う違う”とかぶりを振れば、
軽やかな金の髪が視野の中でふわふわ揺れる。
だが、それが中途で目元へひゅっと飛び込んで来かかって、

 「…っ。」
 「あ、やだ。風が、」

お連れさんも同じ風に驚いたか、目を閉じての身をすくめたらしく。
それのみならず、
自分たちの周辺を行き交っていた人々もきゃっと声を上げておいで。
結構な人出の街角が、
一瞬の突風に薙ぎ払われた格好になり、
動作と共に声までお揃いで静まってしまった雑踏だったが。
ああ、今日は一日この調子かな、
コンタクトだから埃が入ると痛いのよねぇなどというおしゃべりが、
ざわざわ・さわさわと戻って来て。
何事もなかったかのように、動き出したそれらと
同じ間合いに居合わせながらも、

 「目に何か入ったんじゃありませんか?」

さっき、ワッて眸をつむってたでしょと、
すぐの傍らから、こちらを気遣う声がしたものだから。

 「……、」

ううんと、何でもないよと応じたついで、
今度は意図しての笑みを向けかかった久蔵だったのへ、


「ひっどぉーーーいっっ!!」


いきなりの突然、そんな大声が横合いから飛びついて来た。
飛びつくというのは、人なり生き物なりの“行動”を示す動詞だから、
声が…というのは妙な言いようかも知れないが、
それは正しくそんな感じで投げつけられたのであり。

  ただまあ

標準よりやや痩躯であるにもかかわらず、
結構 強靭な足腰をしている久蔵が、
不意を突かれたせいだろか、
おととと たたらを踏み掛かったほどだったのは。
先の声とほぼ同時、
そちらさんは意志のある、しかも生身の存在が、
そちらさんも不意打ちで飛びついて来たからだったのだけれども。

 “久蔵殿に避けさせないとは…。”

そちらも金の髪をした色白なお人ゆえ、
パッと見、血のつながりを感じさせるお連れさんが、
あらあらとそんなことへ驚いてしまったほどに。
この、ビスクドールを思わせるよな繊細にして端正な風貌や、
まだ十代の高校生という年頃でありながら、
実は実は 気配へも敏感で、
体さばきも鋭いはずのこちらの御仁だというに。
もはや振り払うのは難儀だろうほどの
懐ろの深みへすっぽりと……というか がっちりと。
双腕を回し、すがりついている人物が一人ほどおいで。
先程の思わぬ突風で隙が出来たのと、
その対象に物騒な気配がなかったからだろうなと、

 “殺気とか籠もってりゃあ、
  アタシだってハッとくらいはしたでしょうしね。”

この安穏なご時勢にそんな理由を持ってくるなんて、
お連れさんもお連れさんじゃああったが、
それは今更なのでさておいて。
横合いからドーンとぶちかましたその誰かさんは、
久蔵殿より少し小柄な、しかもどうやら女の子な様子で、
甘い栗色に染めたセミロングくらいの髪を愛らしく跳ねさせ、
装いは昨日今日の暖かさに合わせたか、
ウエストカットの薄手のジャケットに、
淡いオレンジ色のモヘアのセーターと丸襟のブラウスを重ね、
ボトムは レースの縁取りを幾重にも重ねた
チュールタイプのミニスカートと膝丈のハイソックス。
バックスキンのショートブーツは、
かかとが頑丈そうな代物だったので、ダッシュには最適なセレクトで。
そんな、ガーリーを装いつつも機動性にもあふれたいで立ちのお嬢さんが、
こんな衆目の中だというに、
なかなか勢いのある情熱的なアタックを仕掛けた目的は
一体 何だろ何だろかと。
ほんの刹那の間にサササッと以上の観察をし終えていた、
こちらさんも金髪白皙の美人さん、
もうお判りか、お連れの七郎次さんがドキドキしつつ見守っておれば、

 「……………ひ」

  …ひ?

破裂したとき持ってた人が負けという、
風船を膨らませつつの山手線ゲームよろしく。
何だ何だと固唾を呑んでお言葉を待ってしまったのは、
むしゃぶりつかれた側に何にも心当たりがなかったからだのに。

 「ひっどーーーーーーいいいっっ!」

あ、そういや、さっきもそう叫んでましたね、このお人。
あまりに唐突が過ぎて、
何かヒドイことをされて逃げて来たのかなという方向でも、
意味まで取り沙汰しませんでしたがと。
あまりに意外すぎてだろう、
いつもはもうちょっと冷静な、二人の金髪美人さんたちが、
片やは赤、もう片やは青い双眸をぱちくりと見開いてしまったほどの、
勢いある雄叫びは、それで止まったわけじゃなく。

 「ひどいっ、あんまりです、先輩っ!
  こんな美人の恋人がいるのに、何でわたしに優しくしたんですかっ?!
  もしかしたらなんて期待させて、酷すぎますっ!
  それとも、陰で笑ってたんですかっ?
  わたしわたし、先輩が卒業しちゃうからって、
  これっ切りになるからって、それで、思い切って告白したのに。
  そんな必死な想いが通じたのかなって、
  凄っごく凄っごく嬉しかったのにぃっ!
  こんな綺麗な人と仲よく一緒に歩いているんだものっ。
  本命はこの人の方なんでしょう? 違いますか?!
  ひどいひどいひどい〜〜〜〜っ!!」

 「……………っ!?」

がばちょとお顔を上げて来の、
今時の女子高生には必須のアイテム、
つけまつげのせいで当社比ン%アップだろ
大きな目許をうるうると潤ませながら。
そりゃあもう良く通るお声での、
激しいまくし立てをして下さるもんだから。
ただでさえ人の多いQタウンの幅広な舗道を行き交う人らは、
物見半分、邪魔だよという不快感半分、
ジロジロという不躾な視線を投げてくるのも致し方なく。

 「あ、の、あなた…。」

さすがに見かねてか、
七郎次がとりあえず落ち着こうよとの声を掛けかけたものの、

 「あなたには言ってませんっ!」

せっかくの可愛らしいお顔で、そんなに凄まなくてもと、
七郎次が延べかけた手が 宙でびくくっと震えたほど、
おっかない咬みつきようをしたからには。
このお嬢さん、
肩を並べて睦まじく歩いていたからには、
久蔵様の恋人なんでしょう?という方向で、
七郎次への激しい敵愾心も持っておいでなようだけど。

 「……っ。」

か弱そうな女子の人だし、ということもあってか。
反射が鋭いはずの身が、
今の今まで凍りついたように動かなんだものの。
自分へすがりつきつつとはいえ、
吠えた相手が さすがにちょっと不味かったようであり。
あまりの異常事態だったのへ、
さしもの寡黙なクールビューティさんも動転したか、
相手の見幕に飲まれ掛けていた久蔵殿自身が、
ようやく、双眸の焦点を何とか冴えたそれへと復活させると。
おもむろに、見ず知らずなお嬢さんの薄い肩へと手を置いて、
自分からぐいいっと引きはがす。

 「あ、や、えっ?」

さほど乱暴にしてはいない。
それは彼女にも伝わっているようで、ただ、
何でこうも簡単に距離が出来てるかなと、
そんな現状の方をこそ不思議に思ったらしく。

 『ああいうことに慣れててどうしますか、ですよね。』

か弱い女の子が相手では、どこを触ればいいかとまずは戸惑うだろうし、
突き飛ばされた振りをするのも、
周囲への訴え掛けや そこから本人に動揺させるには効果があると。
そっちの機転へも反射はいいはずだったのにぃという、
呆れたお言いようを聞けたのは後日の、しかも人伝てでだったけれど。
そこまで周到だった奇妙なお嬢さん、
こちらも、人の体の機能という点へは、
日頃の鍛練から造詣の深い久蔵から、
ひょいとあっさり遠ざけられたのへ呆気に取られていたけれど。
そんな相手から、

 「………ほれ。」

少しほど身を倒しての前かがみになって、
あらためて身を寄せられ、思いもよらぬとビクッとしておれば。
少々ルーズなドレープ使いが春らしくもソフトな印象の、
春ニットのチェニック風ボトムをジャケットの下へ着ていた久蔵殿、
その襟元を自分でがっしと掴み、
結構 下の方まで引き下げたもんだから。

 「な、何してますかっ。////////」

これ はしたないと、
今度は連れの奇行へ慌てた七郎次の、制止の手より微妙に早く、

 「………………え?」

奇妙な特攻女子高生さん、
ほのりと淡いチェリーピンクのニットの下、
やはりピンクの機能性インナーとそれから。
今日は大人しめか、
白地にピンク色の小さなリボンの刺繍がちりばめられてた
ハーフカットのブラがちらりと見えたのへ、

 「ええぇ〜〜〜〜〜〜っっ!!!」

異様なくらいの素っ頓狂な大声を上げてしまい、
お目々を見開き過ぎたのか、つけまつげが危うく落っこちそうになったほど。
そんな彼女へ、特にあらためての感慨も無さそうに、
やはり冷静に胸元を直しつつ、

 「判ったか?」

単調なお声で聞いた久蔵殿、いやさ紅ばら様だったのへ、

 「う、あ…、はははひ、すみません。」

あわわと、今度は彼女の方がはっきりくっきり動転しているらしくって。
がばりと深々頭を下げ、ごめんなさいともすいませんともつかぬ、
わやくちゃな謝辞を何とか絞り出すとそれを置き土産に。
どきどきしているのだろ胸元を押さえつつ、
脱兎のごとく、来た方へ駆け出してったところは、

 「潔いかも。」
 「…何 言ってますか。」

七郎次こと白百合さんが、こちらさんもようやっと落ち着いたか、
はぁあと深々とした溜息ついて。
異様というか異常に冷静だったお友達の細い肩へ手をついての、
感慨深げな声を発した、
春の嵐が吹き荒れるQタウンでの春休みの一景でした。







  ● おまけというか後日談 ●


少し遅れて待ち合わせの場所へとやって来たひなげしさんへ、
やっぱりあんまり話し上手じゃあないご本人に代わって、
七郎次がコトの次第を説明してやれば、

 そ、それで?
 なんとまあ…そんなことしましたか、久蔵殿ったら大胆な。
 肝が潰れかけた?
 いやいや、シチさん、それは大仰でしょうよ、と。

ところどころではお腹を押さえてのうずくまりつつと、
そりゃあ大仰なほどに笑い転げてくれたその後で、

 「あ〜あ、わたしもその場に居合わせたかったなぁ。」

そんな呑気なお言いようまで飛び出したものだから、

 「冗談じゃありませんっ。」

時折 吹きつける突風のせいもあろうが、
自慢のおぐしを掻き乱されての振り乱しつつ、
玻璃玉のような双眸を吊り上げかねない勢いで
こちらは真剣本気で怒ってらっしゃる白百合さんで。

 「まったく、何なんでしょうね。
  公衆の面前であんな失礼なことをしてっ。」

いきなり抱き着いて来て、その後は一気に立て板に水ですよ?
しかも、下着や胸元を見せるまで、
こぉんな可愛い久蔵殿を、男の子と間違えてたワケですからね。

 「いくら久蔵殿が桁外れに凛々しいからって、
  そうまでするほど好いたらしい人を見間違えるもんじゃありません。
  きっとご本人にだって、言い掛かりつけたかっただけな子ですよ。」

そんな蓮っ葉で不料簡なお人でありながら、
選りにも選ってアタシのお友達になんて失礼なと、
まずはそっちへ、猛烈に怒かって見せた白百合さんで。
いわゆる“鬼百合モード”だってのに、

 「〜〜〜。/////」

 「…そこの久蔵殿、
  今は照れてる場合じゃないですよ。」

凛々しいと言われたからか、
それとも我がことみたいに七郎次が憤慨してくれたからか。
頬を染め、うにむにと口許をたわませた、
今日はいやにかっちりとしたテイラードパンツだった紅ばら様。
そこからも誤解されちゃったらしいのではと、
風の中での立ちんぼも何だと、行きつけのカフェへの移動をしつつ、
ひなげしさんが笑ってごめんねと付け足したものの、

 「でも妙ですよね。」
 「?? 何がです?」

あらためて、紅ばらさんのいで立ちを眺め直した白百合さん。
平八が“ごめんね〜”と二の腕へしがみついた構図が、
丁度さっきのひと悶着に似ていたものの、

 「本気で好きな人をそうそう間違えるものかと思いましたが、
  じゃあ…それほど男らしいカッコでもないでしょうに、
  そんな久蔵殿を、
  でも“男だ”と思い込んだのはどうしてでしょか。」

 「あ……。」
 「???」

そういえば…と、
問題の場へ居合わせてもないのにピンと来た平八と裏腹。
結構 機転も利く方…というか、
物騒な気配を嗅ぎ取っての対処に限っては
動物並みの鋭さを発揮するお人だというに。
自分への風評だの扱いだのにまつわることとなると、
あっさりどうでも良くなる困ったさんなので。
七郎次の繰り出した疑問へ理解が追いついてないものか、
きょとんとするばかりの久蔵殿なのであり。

 “…あれ? でも…ちょっと待ってくださいな。”

このお友達によ〜く似ていた男の子に、
心当たりがなくもなかったりする
七郎次お嬢さんだったりするのだが。
はてさて、真相は…何がどう絡まっていたのやら。



  後日、馴染みの刑事さんから、
  無理からの言い掛かりをつけちゃあ
  泣かせたなと強引に交際を迫る格好で、
  今カノとの仲を壊させるという、何とも困った手法を使う、
  しかも女子高生たちの“別れさせ屋”が、
  18歳未満でそんな商売しちゃあいかんだろうがと
  こっそり摘発されたらしいこと、
  聞くこととなった三華様たちだったそうな。






    〜どさくさ・どっとはらい〜 13.03.18.


  *とんだ人違いの巻、でして。
   女子高生でも島田さんチ噺でも、久蔵さんへ“殿”をつけてたので、
   今回こういう格好でちょっと遊べましたvv
   エイプリルフールのネタにしようかとも思ったんですが、
   2週間も先ですし、
   シリーズまたがりという微妙な展開でもあったんで、
   それはちょっとネ…。

  *別れさせ屋といっても、
   横恋慕している人から
   “今カノを追い払って”という依頼を受けての結成された
   当人たちはキューピッド気取りの代物だったそうで。

  「久蔵殿へも目をつけてたらしいそうじゃないですか。」
  「? シチ?」

   と、こちらは別な金髪美人さんたちですが。(笑)

  「木曽の草の方々から聞いたんですよ。
   そんな言い掛かりで人を傷つけるなんてサイテーですよね。」

  「……。(頷)//////」

  「何事もなくて良かったですが。
   でもじゃあ、
   久蔵殿に恋人がいると思われてたんですかねぇ?」

  「???」

   そっくりさんがあちこちにいるもんだから、
   街なかで腕組んで歩いてたとか、
   いろんな情報が 錯綜した結果らしいです。
   混線したんだね、うんうん。(あんたが言うか)

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

メルフォへのレスもこちらにvv


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